
【沖井の冬楽曲解説 その9】FROG「聖者の日々」
沖井が過去に作ってきた「冬楽曲」について一曲ずつよもやま話をしていきます。今回は僕のソロ・プロジェクトFROGの2ndアルバム『Caricature』より「聖者の日々」のお話を。
https://youtu.be/39oe69FcBlE?si=oaOy5mJepmCG1yb_
(詳細の「もっと見る」で歌詞の対訳が表示されます)
シンバルズの解散後、次のプロジェクトをどのようにしていいのかわからないままCM音楽などなどを作っていたのが主に僕の2000年代でしたが、「三度の飯より大好きなアルバム制作をしない人生はつまらん!」と痺れを切らして始めたのがFROGというプロジェクトでした。2008年8月に1stアルバム『Example』を発表、8ヶ月後の2009年6月に発表したのがこのアルバム『Caricature』です。両アルバムともメインでヴォーカル・パートを担当してくれたのは学生時代からの友人である青野りえさん。
制作においてシンバルズ時代との大きな相違は作業工程のほとんどがDTMに移ったことでしょうか。ドラムと声以外のほとんどのパートは自宅で、さらに自分一人で制作できてしまう。音楽制作において最も予算を食うスタジオ使用時間と人件費を劇的に圧縮できてしまうこの変化は、まさに産業革命のようでした。TWEEDEESにおいてはそれがさらに加速してゆくことになります。DTMを使わない音楽制作など今ではもう誰も想像できないかと思いますが、この変化が起きてから実はまだ20年程度しか経っていないのです。
この曲を思いついた時のことはよく覚えています。FROGの2nd制作を構想しつつ「世界で一番青野が映える曲を作ってみせる」など考えていた2008年の暮れでした。近所のブック・オフに何の気なしに入り、さして戦利品も無く店を出た瞬間に冒頭のメロディを思いつきました。忘れないように急いで自宅に戻り、大急ぎでGarageBandを起動して早速デモを作りました。最初の16小節まであっという間に作って「うん、これは良い出来だ」と思ったのも束の間、その後が全く思い浮かばない。満足のゆく構成まで辿り着いたのは結局「Caricature」制作終盤でした。この曲には本当に苦労させられた!このじゃじゃ馬め。作曲は忍耐だと思っています。むずかる曲との我慢比べ。自分のことも楽曲のことも甘やかしてはならない。もう嫌だ、うんざりだと思ってもきちんとした曲に仕上がるまで曲と向き合い、研ぎ上げる。しんどいですが、きちんと完成した時はそれこそ「良い曲だと思ってはいたが、ここまでとは!」という驚きと喜びがあるものです。これがあるから僕は作曲をやめられないんですね。ブック・オフさんにも足を向けては寝られません。
歌詞は大好きなアルベール・カミュの小説「ペスト」の中の一節、タルーの考察「人は習慣の総和によって聖者たりうるか」(うろ覚え)という一節がヒントになっています。そうそう、この「ペスト」に出てくる老吏グランのクリスマスのエピソードも素敵ですね。「懐かしいジャーヌ。今日はクリスマスだ。」泣けます。今まで読んだいろんな本の中のクリスマスエピソードの中でも特に好きな場面です。みなさんちんぷんかんぷんでしょうか。沖井は突然何を喋り始めたのか。今そう思っているYOUこそほら、「ペスト」を読んでみましょう。おすすめです。
この曲の歌詞の主人公ですが、作詞を開始した時は意図していなかったのですが、書き上げてみるとシンバルズの「December’s Children」主人公のその後としか思えなくて。不思議なものです。おそらく僕は彼のことが大好きなのでしょう。そのうちまた無意識に彼が主役の曲を書いてしまうかも知れません。
この曲で弾いたベースは米Musicman社2004年製StingRay5。個人的に、FROGと言えばこの楽器の印象が強いですね。リッケンバッカーとは全く異なる個性のこの楽器を多用することでシンバルズとの差別化をしようとしたところもあるのかも知れません。そんなの曲に合った楽器を使えば良いだけなのにね、と今では思いますが。
「世界で一番青野が映える曲を」と思って書いたこともありますが、この曲の青野さんのヴォーカルが本当に素晴らしい。他の人がこの曲を歌うところを全く想像できないくらいです。彼女らしい温かみのある声が堪能できる作品になったと自負しております。ドラムはゲンちゃん。「最近の沖井っちの楽曲にはこういうのが合うと思って」と新しいハイハットを持ち込んでくれた時はびっくりしました。バッチリでした。理解のある友人は本当にありがたいですね。
『Caricature』プロモーションではあちこちのラジオに出演させていただいたり、この曲を流していただいたりしたものです。ありがたいことです。しかしその際のラジオの台本や、演奏曲紹介のところでは半分くらいの割合で「聖者の行進」と書かれてありました。うん。まあ間違えやすいタイトルにしてしまった僕が悪いっちゃ悪い。人間というのは「聖者の」ときたら反射的に「行進!」って思ってしまう生き物だということを知らなかったんです。ごめんなさい。
沖井

